「うん」

ほかのは表札をひっくり返し、巣のなかに、旅立ちのおまじないにぷっぷっと唾をひっかけます。

「もう、こんなカビくっさい家にはおさらばさ。皿になんてとじこめられてたまるか。僕は、これまでどんなつばめも想像すらしたことのない、偉業を達成するんだ」

「ふうん、どんな」

と、また別のオタマジャクシ。

「ええと」

ほかのは、くちばしを鳴らして考えます。けど、なかなか考えが浮かびません。それはまあ、当たり前のことです。なんせ、これまでどんなつばめも想像したことがないことを想像するのは、つばめにとって簡単じゃありませんから。

「なにしろ、ものすごいことだよ」

ほかのはいって、ひらりと舞いあがりました。たしかにほかのは、つばめたちのなかでも頭ひとつ抜けて、昔から飛ぶのはじょうずです。

「いってらっしゃい、ほかの」

オタマジャクシたちがざわざわと水面に集まります。

「あらしに、きをつけて」

「へんな虫、たべないでね」

「いぎょうをたっせいしたら、おみやげに、すてきなコケもってかえってね」

いいながらオタマジャクシたちは横向けに整列し、ふわふわたゆたいながら、音符になってうたいはじめました。「赤い鳥」がうたった「翼をください」です。 

 

このおーぞらに つばさをひろーげ  とんでーいきたーいーよー

オタマジャクシがうたうので説得力がちがいます。そういうこととは別に、ほかのはなんだか、胸のなかがぞわぞわしてたまらなくなりました。

「いくよっ」

ほかのはそういって、翼をぴんと反らせて飛びだしました。一気に町を抜け、桜並木の川に出ます。みどりの匂いがぷんと鼻をつく。ぬるい春の風を受け、川に沿って、南のほうへくだっていきながら、ほかのはふと思います。オタマジャクシたちのうた、さいごまできいて、それで拍手してあげたら、あいつらけっこう喜んだかもな。